あと味

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はじめての人に何かを教える時に心がけること

先日投稿した正規表現の記事は、多くの人が見てくれて、はてなブックマークコメントなどで感想もいただきました。

反響をいただいたことで私自身いろいろ考えることがあり、パソコンインストラクター時代の経験と考え方をベースに、はじめての人に何かを教える心がけるといいなと思うことをまとめてみました。

対象者ははじめての正規表現を読んだ方です。もったいないけど、その方がよく伝わると思って割り切ります。

極論に走ってはいますが、今後はじめての人に何かを教える時には、ここに書いた内容を読み返したいと思います。

捨てる

はじめての人に何かを教える時は、以下のことを捨てる必要があります。

  • 正確な表現
  • 例外
  • 説明事項
正確な表現

知識があればあるほど正確な表現で伝えることにこだわってしまいがちです。

でもそこはぐっとガマン。

例えば、はじめての正規表現の中でメタキャラクタ、パーレンなどの正式名称を使って説明したら、その瞬間に、はじめての人は頭が混乱し、距離を置いてしまっていたでしょう。

正確な表現は大切ですけど、はじめて学ぶのには邪魔になりがちです。記号、カッコのように、学ぶ人がすでに持っている知識を上手く活用することがポイントとなってきます。
例え話がその一種です。例え話自体は正確な表現ではないけれど、伝えたいことは同じです。正確な表現で説明するより、結果的に例え話の方が良く頭に入るのはよくあること。

正確な表現を使わないと、知識のある人に「こいつ、わかってねぇな」と思われます。本当はわかっているだけに、反論したくなる。

でもね、

何に怯えているんですか?あなたの話を本当に求めている人は誰ですか?

例外

物事には例外が付き物で、はじめての正規表現を見て正規表現を実行してみても上手くいかないことが山ほどあります。

でも、そこはわかってても言わない。*1

例外を言い出したらキリがないし、それを説明しているうちに、本来伝えるべきだったことを見失います。

例外を伝えないわけですから、学んだ人はいつかその例外に遭遇して、困ってしまいます。それを放っておけないから教えたくなる気持ちもわかります。

でも大丈夫。その人が「あれ?なんで上手くいかないんだろ?」という失敗に出会った時に、「そうなんですよ。実はね・・・」と新しい知識を提供してあげれば、もっと理解度が深まります。それは誰が教えても構いません。

人間は失敗から学べるよう、うまくできています。失敗した方がよく理解できるってのは不思議です。問題解決の欲求が大きくなればなるほど、解決した時の喜びも大きくなります。食欲があればあるほど、食べ物がおいしく感じるのと同じかもしれませんね。

敢えて失敗させるのもテクニックのひとつ。無闇に失敗する機会を奪ってはいけない。

失敗させることと、失敗させないこと、どちらがやさしさだと思いますか?*2

説明事項

たくさん説明しないとちゃんと理解できないし、せっかくだから少しでも多くのことを学んでほしいと思うものです。

でも、最小限に抑える。

はじめて学ぶということはそれ自体にストレスがあります。学ぶことが多ければ多いほどストレスは比例して大きくなり、しまいに嫌になってしまいます。

はじめての正規表現では、覚えることを極力少なくし、短くすることを心がけました。必要最低限で、必要充分ではありません。

説明することを少なくすれば、学ぶ側の負担は少なくなるし、拘束時間も短くなります。はじめての人に対しては、それくらい負担をなくしてあげないと最後まで付き合ってくれません。

時間を気にしているんですか?時間が余るなら反復・復習すればいいじゃない。その方がよく学べます。

リズムを作る

文章にしてもプレゼンテーションにしてもインストラクションにしても、リズムがとても大切です。

リズムを作って、学ぶ側にそれを伝えるんです。

例えば、「A、Bと進めて次はC」という短い流れを作ります。その次の展開も、「A、Bと進めて次はC」という流れを守ります。このように2回続ければ、学ぶ側も、「3回目もA、Bと来て次にCが来るんだな」と無意識的に考えます。

次も同じように実行してあげると、それが話のリズムとなり、心地よいテンポで話が進み出します。展開が読めると簡単に感じるし、何かすっきりします。

話のリズムって重要です。リズムを崩しても次の違うリズムをすぐ作る。これが疲れさせないコツです。

はじめての正規表現でも、このリズムとテンポを重要視しました。

あらかじめ目次を見せ、リズムを伝えておくのもいいと思います。

体験させる

体験に勝る学習はないと思います。
はじめての正規表現でも、話半分で早速実例の紹介に入りました。

はじめて何かを学ぶ時は、実例・実習をしないと覚えられないし、全然おもしろくありません。

性格にもよりますが、ゲームソフトを買った時、説明書読むより先にゲームを起動する人の方が多いと思います。だって、早くやりたいんだもん。プロローグだけ見て、後はやって覚えればいいんですよ。

私は遅延評価勉強法推奨派です。
勉強が苦手な人向けの「遅延評価勉強法」 - nanapi社長日記 @kensuu

インパクトを与える

これが一番重要なポイントな気がします。私はよくこれを、笑いに置き換えます。

はじめての正規表現では、冒頭でいきなり笑いポイントを持ってきましたが、正規表現を教えてほしいと求められて作ったのではなく、正規表現ができるようになったら絶対便利なはずという身勝手な思いで作ったので、読ませるため、興味を持たせるためにこの工夫が必要不可欠でした。

正直、アレの8割くらいは笑いのネタを考えることに費やしてるんじゃないかな?

インパクトを与えれば記憶に残すことができますし、学ぶ側の緊張をほぐすことができます。

ふとした時に思い出してくれるようなインパクトを与えることができれば、大成功だと言えるでしょう。

最大の目的はキッカケを与えること

結論になりますが、はじめての人に何かを教える最大の目的は、キッカケを与えることです。使ってみよう、もっと学ぼうと思わせることです。

私の場合、そこに最大限の成果を求めると、シンプルでインパクトのある説明が最も良いという結論になります。

キッカケを与えて、それ後、自分で学んでもらえれば本望です。

教わることは二人称以上の行為ですが、学ぶことは一人称です。教わるのではなく、学ぶことで、初めて知識になります。人をあてにしていても(教わるだけでいては)、一生自分のものにはなりません。自分から学ぼうと自立させることが必要です。

教える側も、教えるのでなく、学ばせなければなりません。

キッカケを与えて「教わる」から「学ぶ」に導くことが、はじめての人に教えることの最大成果だと思います。

*1:ただ、今回の場合はわかってなかった例外があったので、そこは反省です。

*2:勘違いしてはいけないことですが、どのように失敗するかをあらかじめ認知していること。認知していなければただの無責任になってしまいます。